栴檀木橋 中之島の景観に溶け込む、優美な小橋【大阪市北区・中央区】


Illustration by Hiroki Fujimoto

栴檀木橋(せんだんのきばし)【大阪市北区・中央区】

センダンの木、と読む。初夏にあわい紫色の花をたわわに咲かせる、どこか淑やかな印象を受ける木だ。「栴檀は双葉より芳し」ということわざがあるけれど、この場合の栴檀は白檀のこと。栴檀そのものは、そこまで香り高いわけではない。
さて、栴檀木橋というからには、とうぜんこの木が名前の由来だと思うだろう。たしかに『摂津名所図会』には、橋筋に栴檀の大木があったためと書かれている。しかし、詳細は定かでないという。

〈江戸時代〉

栴檀木橋がいつごろ架けられたかは不明だが、江戸時代初期には建設されていたと思われる。豪商の屋敷や蔵が建ち並ぶ北浜界隈と、諸藩の蔵屋敷が集まる中之島は大阪経済の中心で、人の往来がさかんだった。そのため両地域を隔てる土佐堀川には早くからいくつもの橋が架けられており、栴檀木橋もそうした一つであったらしい。
栴檀木橋は現在、中之島の東部に位置しているが、江戸時代にはここが東の端だった。備中成羽藩山崎氏の蔵屋敷があったことから、中之島の東端は山崎の鼻と呼ばれていたという。ほかにも美作津山藩大和郡山藩などの蔵屋敷が軒を連ねる、にぎやかな一角であったらしい。

〈明治期〉

明治9年(1876年)難波橋が鉄橋化されるのに伴い、中之島は埋め立てられて山崎の鼻はさらに東へ伸びた。現在で言う、中之島バラ園のあたりである。この一帯は公園として整備が進められ、樹木や草木が植えられるとともに、豊国神社が建てられたり、西南戦争の戦没者を弔う明治紀念標が設けられたりした。
けれど栴檀木橋は江戸時代と変わらず木橋のまま。それも明治18年(1885年)の大洪水で流失してしまう。

ちなみになぜ、九州で起こった西南戦争の慰霊碑が大阪にあるのかというと、大阪鎮台から多くの兵士が九州に赴いたからだ。負傷兵を収容する病院も、臨時で大阪に置かれていた。病院で亡くなった戦病死者は、900名以上になるという。
明治紀念標は鉄で作られており、高さ約18m。それが石の土台に乗っていたのだから、遠目にもよく目立っただろう。大阪砲兵工廠で製作され、明治18年(1885年)6月に完成。毎年5月には招魂祭が執り行われた。

〈大正・昭和期〉

栴檀木橋が再建されたのは、大正時代に入ってからだ。近隣に難波橋などの大きな橋があったため、急ぎ架けなおす必要がなかったのだろう。だが、明治37年(1904年)大阪府立図書館が完成し、ついで大阪市庁舎の建設も決まると、やはり栴檀木橋も必要だという話になってくる。そうして大正3年(1914年)に再建された栴檀木橋は、まだ完全な鉄橋化はされていなかったけれど、石造りの親柱を有する立派なものであった。
その後、昭和10年(1935年)になって再び架け替えられる際には、シンプルな美しさにこだわって設計が練られた。橋梁の設計を担当した大阪市土木部の元良勲氏いわく、「軽快簡素、86mの長さを真一文字に引ききったところは極めて効果的」「高欄も下の構造に倣って簡素にしかも伸びやかにと心がけて意匠し、大体評判も悪くないようなので喜んでいる」とのことである。親柱には、センダンをデザインした青銅製のレリーフが取り付けられた。
当時の栴檀木橋は、橋面が防潮堤より低かった。これでは水難に耐えられず、また耐震の面でも、時を経て橋が傷むとともに不安が増す。そのため昭和55年(1980年)から、架け替え工事が進められることになる。
この時に意識されたのは、中之島の景観にふさわしくあることである。橋の北詰に建つ大阪府立図書館・中央公会堂は、クラシックな意匠が美しい重要文化財。それに見合うように、また同じ道筋にある鉾流橋との統一感もでるようにと、デザインが考えられた。
従来の直線美を残しつつ、擬石を張ることで柔らかい雰囲気をもたせる。歩道を拡張し、バルコニーを設けることで散策に適した空間づくりをする。その歩道はレンガタイルと花崗岩で彩られており、目にも楽しい。照明灯は、ガス灯を思わせるレトロなデザインだ。高欄には、センダンをモチーフにしたパネルが取り付けられた。


Illustration by Hiroki Fujimoto

〈現在〉

栴檀木橋は堺筋と御堂筋のあいだの、北向き一方通行2車線の道路に架かってる。橋を渡ると、正面には中央公会堂。それにそって道は右にそれ、鉾流橋をわたって西天満の法務局・裁判所などがある界隈へとつながる。
車の往来は多くない。人も、さほど多くないように思う。だから大阪市のど真ん中だというのに、思いがけずひっそりとしている時がある。めまぐるしく動く大都市の隙間のような、モダンとレトロのあわいのような、そんな橋だ。

〈栴檀木橋概要〉

京阪本線・地下鉄御堂筋線淀屋橋駅よりすぐ。
昭和60年(1985年)竣工。

〈参考資料〉

「大阪の橋」 松村博 松籟社 1992年

「大阪の橋ものがたり」 伊藤純/橋爪節也/船越幹央/八木滋 創元社 2010年

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