桜宮橋 桜に埋もれる「銀橋」【大阪市都島区】

桜宮橋【大阪市都島区】

桜ノ宮は、大阪きっての桜の名所だ。大川沿いの桜並木、造幣局の桜の通り抜け。どちらも毎年ぎゅうぎゅうに人が押し寄せて、桜を見ているのやら人を見ているのやらといった様相だ。
それだけ桜が多いから桜ノ宮なのか、桜ノ宮という地名だから桜を植えたのか。正解は後者で、「櫻宮」という神社があったからそれにちなんで桜をたくさん植えたらしい。
ちなみに「櫻宮」という名前は、もともとの所在地である桜野に由来する。元和6年(1620年)の洪水で社殿が流され、旧大和川の堤に流れ着いたこの神社は、再度の被災を避けて宝暦6年(1756年)に、現在の都島中野町に移ったそうだ。もっとも、櫻宮の境内に植えられていた桜は、明治18年(1885年)の大洪水で大半が枯れてしまった。洪水を避けてきた土地でも洪水に遭ってしまったのだから、まったく災難というしかない。
さらにちなみにいうと、「櫻宮」は桜宮神社ともいい、桜並木があるのは桜之宮公園。JRの駅は桜ノ宮駅で、橋は桜宮橋だ。なんだって表記が統一されていないのか。
環状線沿線に住んでいる身としては桜ノ宮という表記が一番しっくりくるのだけれど、ここでするのは橋の話だ。なので「桜宮」である。

〈江戸時代〉

桜ノ宮(ここは地名だからこれでいい)は江戸時代のころにはすでに桜の名所として知られており、並木を歩いたり大川に船を浮かべたり、思い思いに楽しむ花見客でおおいににぎわったらしい。このころまだ橋はなく、人出の多い花見の時期には櫻宮の前から渡し船が出て、桜の渡しと呼ばれていた。

〈明治時代〉

造幣局が創業したのは明治4年(1871年)。明治16年(1883年)には、名物である桜の通り抜けがスタートした。これでまた人通りがぐんと増えたのではないかと思うのだが、橋が架けられたのは明治35年(1902年)になってからだ。
今の桜宮橋よりやや上流に建設されたこの橋は、淀川橋といった。244.9メートルとけっこうな長さだが、幅員は6メートルと狭めの、鉄脚木桁の橋であったらしい。

〈昭和以降〉


大阪名所 桜宮橋(大阪市立中央図書館所蔵所収)

桜宮橋は昭和3年(1928年)5月に着工、昭和5年(1930年)9月末に完成したもので、大阪市内の橋としては歴史の浅い部類に入る。いわゆる八百八橋は、たいていが江戸時代に端を発するからだ。しかし歴史が浅いとはいえ、桜宮橋は大阪を代表する橋のひとつである。
第一次都市計画事業による計画道路・天満蒲生線(現在の国道1号線)の建設に伴って架けられた桜宮橋は、戦前において日本最大のアーチ橋だった。端の長さは187.8メートル、幅員は23.5メートル、支間長は実に104メートル。つまり104メートルもの間に1本も橋脚がないということで、施工には細心の注意が払われたようだ。
設計したのは、建築家の武田五一。近代建築だけでなく、法隆寺や平等院鳳凰堂など文化財の復旧にも力を注いだことで知られている。
鉄骨自体は無骨ながら、それらが描くアーチはなかなかに優美で、桜の美しさを邪魔しない景観をつくりだしている。

〈現在〉

桜宮橋は「銀橋」とも呼ばれ、アーチ橋の美しさからも、また国道1号線という車通りの多さからも親しまれてきた。しかし、国道1号線である。車が多いどころではなく、めちゃくちゃ多い。そのため片側2車線、計4車線では行き交う車をさばききれず、渋滞緩和のために道路・橋ともに拡幅工事が行われることとなった。
橋は拡幅というより、もう1本橋を足したというのが正しい。もともとあった桜宮橋は3車線に減らして西向きのみとし、代わりに歩道を拡幅。その北側(上流側)に同じく3車線の橋をかけて、道路の拡幅としたわけである。新しい橋の設計には、建築家の安藤忠雄をはじめとした「新桜宮橋デザイン検討委員会」が設置され、既存の桜宮橋との調和に最大限配慮した設計が考えられた。
新桜宮橋が完成したのは平成18年(2006年)。今はこの2本を合わせて桜宮橋と呼んでいる。

〈概要〉

JR環状線桜ノ宮駅から、桜之宮公園を南に歩いて15分ほど。名前のわりに、桜ノ宮駅のすぐ近くというわけではない。
下流側は昭和5年(1930年)、上流側は平成18年(2006年)竣工。

〈参考資料〉

「大阪の橋」 松村博 松籟社 1992年

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